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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)70641号 判決 1985年3月01日

原告 柴田圭造

右訴訟代理人弁護士 大木一幸

同 斎藤喜英

被告 渋谷信用金庫

右代表者代表理事 並木松雄

右訴訟代理人弁護士 武田渉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1. 被告は原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月二七日より完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 訴外富岡ゆかりは、株式会社政策時報社が振出した別紙目録記載の約束手形一通を所持していた。

2. 同人は、右手形を支払のため満期に支払場所である被告の飯田橋支店に呈示したが、支払禁止の仮処分決定があったということで支払を拒絶された。

3. 右手形の第一裏書人である原告は、右富岡から手形額面金額で受戻し、所持している。

4. ところで前記富岡は、支払拒絶の理由となった仮処分の債務者となっていないから、その効力は及ばず、被告の前記理由による支払拒絶は違法であり、被告は過失により右仮処分の解釈を誤まり右支払拒絶をなしたものである。

5 もし被告により支払がなされていればもちろんのこと、他の理由による支払拒絶であれば、振出人が再度不渡を出した場合、銀行取引停止処分という事業経営者としては致命的な制裁を受けることになるから、振出人はそれを免れるため最善の努力を払い、前記手形を決済したはずであり、被告の前記支払拒絶がなければ、原告は右手形を受戻さずにすんだはずであるから、受戻のために支出した手形額面金額が原告の損害というべきである。

6. よって、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償として金一五〇万円およびこれに対する昭和五八年一〇月二七日より完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1. 請求原因1、2、3記載の事実は認める。

2. 同4、5記載の事実は否認する。

被告は東京地方裁判所八王子支部昭和五八年(ヨ)第六四〇号仮処分申請事件につき、同裁判所が同年一〇月二四日になした被告を第三債務者とする本件手形等の支払禁止の仮処分に基づき支払を拒絶したものであり、被告の右措置には何らの違法性も過失も存せず、また本件手形が決済されるか否か偏に手形債務者の信用に係わるものであって、原告が本件手形金を回収し得なかったとしても、被告が前記理由で支払拒絶をしたことによる損害とは言えず、いずれにせよ被告の不法行為は成立しない。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1ないし3記載の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで同4、5記載の事実について判断するに、右争いのない事実、<証拠>を総合すると次の事実が認定でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1. 株式会社政策時報社は、自己が振出した本件手形外六通額面総額八九三万円の決済資金を確保できず、また不渡による取引停止処分を免れるための異議申立預託金の用意もできないことから仮処分によりこれを免れようと計り、東京地方裁判所八王子支部に、右各手形の支払禁止等を内容とする仮処分申請をなした。

2. 右仮処分申請は、同支部昭和五八年(ヨ)第六四〇号仮処分申請事件として係属し、同支部は昭和五八年一〇月二四日、金二五〇万円の保証をたてさせて、前記会社を債権者、山下彰を債務者、被告を第三債務者とする次のような仮処分決定をなし、右決定正本は被告に送達された。

(一)  債務者は別紙目録記載の約束手形を取立て、又は裏書譲渡その他一切の処分をしてはならない。

(二)  第三債務者は別紙目録記載の約束手形に基づき債務者に支払いをしてはならない。

3. 富岡ゆかりは、本件手形を原告から裏書譲渡をうけて所持していたが、支払を受けるため同人の取引銀行である平和相互銀行を通じ、満期に支払場所である被告に交換呈示した。

4. 被告は、前記仮処分決定の送達を受けていたし、振出人である前記株式会社政策時報社から右仮処分決定に従った処理をしてほしいとの連絡を受けていたことから、右会社の意向に沿うこととし、東京地方裁判所八王子支部の支払禁止仮処分決定につき支払いいたしかねますという事由で持出銀行である平和相互銀行に不渡返却した。そして被告は右不渡事由は前記会社の信用に関しないものとして東京手形交換所へ不渡届を提出しなかった。

5. 右平和相互銀行は、右不渡返却をうけた手形を前記富岡ゆかりに返還し、第一裏書人である原告は本件手形を手形額面金額を支払って右富岡から受戻した。

6. 前記株式会社政策時報社の本件手形の満期における当座預金の残高は金七、七三七円であり決済資金に不足していた。また右会社は昭和五八年一二月一日東京手形交換所の取引停止処分を受け事実上倒産した。原告が本件手形を受戻すために支出した金は結局回収不能となった。

以上の認定事実に基づき本件が不法行為を構成するか否かを検討する。

手形交換所における銀行取引停止処分制度は、不良な取引者を排除し、手形小切手取引の健全な利用、信用の維持を目的とするものであり、本件において株式会社政策時報社は、振出した手形の決済資金を用意出来ないためもっぱら取引停止処分の前提となる手形の不渡りを出すことを免れるために前記の仮処分を得、被告に右仮処分に従った処置をとるように連絡し、本件手形の支払期日にはその決済資金を用意せず、また本件手形は右仮処分の債務者以外の者から交換呈示されたというのであるから、被告としてはこのような場合、資金不足又は取引なし(いわゆる一号不渡事由)という不渡事由をつけて不渡返還をなし、手形交換所に不渡届を提出するのがもっとも適切な処置であったと言うべきである。右観点からは、被告がなした前記仮処分を理由とする支払拒絶および右事由は株式会社政策時報社の信用に関するものではないとして手形交換所に不渡届を提出しなかった処置は適切さに欠けるものである。しかしながら仮処分の第三債務者として仮処分の決定正本の送達を受け、それに従った処置をとってほしいという連絡を受けたのみの被告に、仮処分債権者の意図の調査や認識を要求することは酷であり、また被告は本件手形において単に支払場所として指定を受けたにとどまり、手形上の債務を負担しているものではないこと等を考慮すると、他に被告が振出人と共謀して手形所持人の権利を侵害し、また原告に損害を加えることを画策した等特段の事情がない限り被告の前記処置をもって違法とまでは言えないものと言うべきである。

また株式会社政策時報社は、自己が振出した手形の決済資金を用意出来ず、そのため前記のごとき仮処分を得てまで不渡処分を免れようと計ったのであり、現に本件手形の支払期日に決済資金は用意されていなかったというのであるから、本件手形が満期に支払われる蓋然性は極めて少なかったものといわねばならず、それゆえ本件手形が決済されず原告が受戻さざるを得なくなったのはもっぼら株式会社政策時報社が決済資金を用意出来なかったことに帰因するものであり、被告の前記理由による支払拒絶がなければ本件手形が決済されたであろう他の具体的事情につき主張立証がない限り被告の右処置と原告の損害との間に因果関係を認めることは出来ないものと言うべきであるが、本件においてその主張立証は存しない。

右の考察から、本件における被告の行為は不法行為を構成しないものというべきである。

三、以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 姉川博之)

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